「Trick or treat!」
廊下の向こうから聞こえてくる無邪気な声に、コンラッドは思わず頬を緩める。
今頃血盟城の可愛いお姫様は、城中を回ってお菓子をもらっていることだろう。
有利は自分が血盟城に滞在している時にちょうど帰国してきたグレタに、地球でハロウィンが近いことを思い出して話を持ち出した。普通にお菓子を用意してもらうより数段楽しいだろうという考えと、なにより可愛い娘の扮装が見たかったらしい。
無邪気で可愛いお姫様が大好きな城の者達は、陛下からお菓子をひとつは持っておいてあげてほしいと通達されて、喜んで飴やクッキーをポケットに忍ばせているのだ。
廊下の向こうからひょっこりと顔を出したグレタの頭には、ネコの耳をつけたカチューシャが見える。
「あっ、コンラッドだー」
新たな目標を見つけて、ネコの手足の手袋とスリッパで足音もなく走ってくる。お尻には尻尾も揺れている。グレタの仮装は化け猫らしいが、ずいぶんと可愛らしい猫だ。
「グレタ!走ると転ぶよ」
後ろから廊下を曲がって、付き添いのが籠を手に追いかけてきた。とんがり帽子と黒いケープを纏い、こちらはどうやら魔女の扮装らしかった。
「コンラッド!Trick or treat!」
目の前まで駆けてきたグレタが手を出すと、コンラッドはにこにこと笑顔でポケットからクッキーを詰めた袋を取り出す。
「はい。お菓子をあげるから悪戯はご容赦願います」
「ありがとー」
クッキーの袋を受け取って、追いついたが籠を差し出すとそこに袋を入れた。猫の手の手袋をしているから、あまり物は持てないのだろう。
「お菓子は嬉しいけど、みんな持ってるんだもん。悪戯もしてみたいのに」
「おやおや、悪戯好きの子猫らしいね」
コンラッドは気楽に笑ったが、グレタがポケットから取り出したものは笑えなかった。
「アニシナがねー、これをくれたの。カンシャク玉だって」
フォンカーベルニコフ卿作のかんしゃく玉。きっと誰も餌食にはなりたくないだろう。
後ろのも、どこか遠くを見て乾いた笑いを漏らしている。
コンラッドは咳払いして気を取り直すと、そのとんがり帽子の魔女に目を向けた。
「後ろの魔女は言ってくれないのかな?悪戯かお菓子か?」
「コンラッドには言いません」
大方、お菓子はないから悪戯の方向で、とからかわれると踏んでいたのだろう。つんと顔を背けたに笑いながら、今度は胸のポケットから飴をひとつ取り出した。
「ちゃんと用意していたのに」
それに喜んだのは、ではなくグレタだった。
「ね、も言おうよ!せっかく一緒に回ってるのに!」
どうやらずっと後ろに付き添っていただけらしい。一緒に参加してほしいと可愛い姪に期待の目を向けられたは、お菓子を目の前に出されたこともあって、仕方なくだが安心して籠を右手に持って、左手を差し出した。
「Trick or treat?」
「この籠は、どうやら子猫専用のお菓子入れのようだから」
コンラッドはにっこりと笑顔を見せて片手でグレタの目を覆うと、素早く口で袋から飴を取り出し、腰を屈めてに口付けをした。
「んっ!」
舌で飴をの口に押し入れて、そのまま軽く口内を舐める。
舌を噛まれる前に屈めた腰を伸ばして離れると、グレタの目を隠していた手を外した。
「ごちそうさま」
「…………っ!」
「えー?お菓子をもらったのはのほうでしょう?それに、どうしてグレタの目を隠したの?」
「お礼はがお菓子の味をお裾分けしてくれたから。目隠しは、可愛い子猫にはまだちょっと早いからだよ」
まるでやましいことなどない笑顔で、よくもそんなことが言える。
が真っ赤になって口を押さえて震えていると、意味が判らず首を傾げていたグレタは、また新たな通りがかりの人を見つけてコンラッドから離れて行く。
「ほら、。早く子猫を追いかけないと」
赤くなったは口を押さえたまま恨めしい視線を向けて、拗ねたように飴を舐める。
「……無理やり取るのはお裾分けじゃなくて、掠め取るって言うんだと思う」
「じゃあ俺ももらおうかな。、Trick or treat?」
今なら籠に大量のお菓子があるが、これはグレタのものだからなら勝手に拝借しないだろうと手を出すと、は澄まして頷いた。
「はい、どうぞ」
ケープの下からパウンドケーキを二切れ包んだ袋を取り出して、面食らうコンラッドの手に置く。
「コンラッドなら絶対言ってくると思ったのよ」
どうやらこんなこともあろうかと、先回りで用意していたらしい。
「まいったな」
やられたと苦笑するコンラッドに、不意打ちのキスの気は晴れたのか、は楽しそうに笑ってグレタを追って行った。
翻るケープの裾を見送って、もらったケーキを手に魔王の元へ戻るために歩き出す。
「でも、今日の時間はまだまだあるけどね」
夜に二人きりになってからもう一度お菓子か悪戯かを迫れば、さすがに今度は用意はしていないだろう。
一度あげたから悪戯は無効だと騒ぐだろうなあとの反論を予測しながら、さてどうやって丸め込もうかと考えるのも楽しい作業だった。







突発で書いたハロウィンの話でした。
段々彼女も恋人の扱いに慣れてきたようですが、
こんなことを考えているとはさすがに予想してないかと。
ウェラー卿、それは反則です(笑)


長編TOP