それは夏も盛りを過ぎた頃の出来事だ。 おれの執務の合間の休憩時間、いつもならやってくるは来ずに、ヴォルフラムだけが入ってきた。 「なら訓練に疲れたからと部屋へ帰ったぞ」 それまで一緒にいたはずのヴォルフラムの証言を受けて、おれとコンラッドは顔を見合わせて、どちらともなくの部屋に行くという意思が通じ合った。 だってあのがコンラッド付きのおれとのお茶の時間を蹴って部屋に帰るなんて、どれだけ体調が悪いのかとか思うじゃないか。 ところが部屋の前に着いてノックをすれども返事がない。 「ー……ってばー……寝てんのかな?」 「そうかもしれませんね。疲れたと言って部屋に戻ったそうですから」 「まさか倒れてたりなんてしないよな」 「……一応確認して帰りましょうか」 コンラッドの意見を入れて、の部屋に踏み込んだがリビングにその姿はない。 バルコニーに続くドアは開いていて、カーテンが風ではためいていた。 「窓が開いてるってことは、部屋にはいるんだよな」 けどソファーにもいないし、テーブルの下に隠れて驚かそうとしているわけでもなかった。 「やっぱり寝室でしょう」 「ちょい待て」 寝室を確認しようとさり気なくドアに近付いたコンラッドを、後ろから追って押しのける。 「女の子の寝室を覗くな!こういう場合は家族のおれが確認だろ!」 おれが睨み付けると、コンラッドはそうでしたなんて両手を上げながら他意はなかったというような苦笑を見せる。まったく、油断も隙もない。 コンラッドが二、三歩離れるのを確認してから寝室のドアをそっと開けてみた。 「?」 ところが、想像とは違って寝室はカーテンも引かれず、ベッドには燦々と日光が降り注いでいる。その上には誰も居ない。 「あれー?風呂かな」 バスルームを確認しようと寝室に踏み込むと、今度はおれの肩が掴まれた。 振り返るといい笑顔のコンラッドが。 「陛下。まさかバスルームを覗く気ですか?」 「………………まさか。それこそあんたじゃあるまいし。ノックして返事がないときはドアを開けるけど、ノックする前からうっかりを装って開けたりしないよ」 コンラッドはどこか遠くへ視線を外した。こいつ……。 「第一、妹の風呂覗いてどうするんだよ」 コンラッドは寝室に入ってこないようにきつく言って一人でバスルームの確認に向かったが、やっぱりは脱衣所にも風呂にもいなかった。 「あれー?窓だけ開けてどっか行ったのかなあ?」 首を捻りながら寝室に戻ると、コンラッドのただならぬ叫び声が聞こえた。 「!?どうしたんだ!」 「なに!?なにかあったの!?」 慌ててリビングに飛び出したけど、どころかコンラッドまでいない。 「ど、どこ!?」 「!」 声はドアが開けっ放しのバルコニーから聞こえる。 「そこか!」 風ではためいてまとわりついてきたカーテンを手で払いながらバルコニーに出ると、端のほうの日陰に敷いたピクニックシートの上で寝ているをコンラッドが抱き起こしているところだった。 「……コン、ラッド……?」 コンラッドの大声で目を覚ましたらしく、寝惚けた様子でが舌足らずに名前を呼ぶ。 「、大丈夫か?どうしてこんなところに……」 を抱き上げて振り返ったコンラッドは、出てきていたおれに気付いて顔色を悪くした真剣な表情で言った。 「陛下、すぐに警備を強化しますが、陛下は一旦俺と一緒に医務室まで……」 「なんで!?」 眠気も吹っ飛んだらしいとおれの叫びが重なった。 「なんでって……がこんなところで倒れていたんですよ!?何者か、侵入者が……」 「倒れてない!」 「昼寝だろ!?」 おれとが突っ込んで、コンラッドがきょとんと目を瞬いた。 もしかして最初の悲鳴から全部がコンラッドのあの不発ギャグだったんだろうか、という考えが一瞬頭をかすめたけど、この様子だと違うようだ。 「……あのさ、コンラッド。ピクニックシートが敷いてあるじゃん」 コンラッドの視線が、バルコニーの床にあるシートに移動した。 抱き上げられたままのも、居心地が悪そうに恐る恐るとコンラッドを伺う。 「えっと……ここ、日陰になってて、風もあるから寝室より涼しくて……」 コンラッドは無言で膝を曲げてを下ろすと、傍らに立ったからも、正面に居るおれからも顔を逸らして咳払いした。 「……何か飲み物をお持ちします」 それだけ言うと、競歩選手かというような早足でバルコニーから部屋へ、部屋から廊下へと去って行った。 その顔が赤かったことは言うまでもない。 「め……珍しいもん見たなあ」 笑うところなんだろうけど……笑いよりも感慨深いような、変な気分でおれが髪に手を突っ込んで掻き回していると、後ろでが呟く。 「変なところで寝て、悪いことしちゃった。……でも」 振り返ると、悪いことしたとか言いながら、は両手を握り合わせて悶えていた。 「コンラッド……可愛い……!」 悔しいけど、今回はちょっと否定できない。 |
残暑お見舞い申し上げます。 夏の季語「日陰」を使った話でした。 早とちりコンラッド。きっとバルコニーで横になっている姿を 見たときは、血の気が引いたことでしょう(可哀想^^;) ご自由にお持ち帰りいただけますので、持って帰ってやろうという方は こちらのJava Script版をダウンロードしてください。 長編TOP |