「ラインハルト様の好きな人!?」 「しっー!、声が大きいってば!」 メイド仲間の少女の一人が慌てて畳み掛けのシーツを放り出しの口を押さえると、もう一人が廊下に続くドアを窺った。 幸い、部屋の外にまで声は漏れていなかったのか、誰も部屋の近くを通っていなかったのか、不謹慎ですと眉を吊り上げるメイド頭も、たしなめるように咳払いする執事も入ってこなかった。 以外の二人が、ほっと胸を撫で下ろすと、話が再開される。 「でね、なら旦那様に妹みたいに可愛がられてるでしょ?それらしい話は聞いたことない?」 「それにジークフリード様の好きな人とか好みのタイプとかも!」 歳が近く特に仲の良い二人に詰め寄られて、はシーツを指先で捏ねながら口の中で小さく呟く。 「……言えない」 身分や容姿を気にしないラインハルトとキルヒアイスは、その雇い主としての態度や柔らかい物腰で、邸の中だけでも人気が高い。 目指せ玉の輿。 仕事を疎かにしないなら、目指す分には何も問題はない。 二人は自分の興味のように言ってはいるが、少しでも何かを漏らせば、先輩メイドたちにも必ず知られてしまうだろう。 「一応保留になったけど、ラインハルト様に一度プロポーズされたの」 「兄さまはアンネローゼ様が好きなんだと思うなあ」 ……どちらも言えるものではない。 「……ラインハルト様はそういう話、わたしにはしないから……兄さまなら知ってるかもしれないけど……」 「そっかー。じゃあお兄様にお聞きできない?」 「無茶言わないで!叱られる!」 蒼白になって悲鳴を上げたに、二人は声を上げて笑う。 誰にでも優しいキルヒアイスが、にだけは厳しい躾を行っていることは邸内では知られていることだ。 「じゃあジークフリード様の好みは?」 「…えーと……か、家庭的な人?優しくて料理とかお裁縫の上手な人とか、好きみたい」 間違ってはない。アンネローゼ様はそういう人だと、特定の個人を思い浮かべながら曖昧に話す。 もっと言えば、金髪で青い目で、たおやかな美人で、でも芯の強い人です。 心の中で付け足して、キルヒアイスの好みのタイプの話で盛り上がる二人を見ないようにシーツ畳みを再開していると、後ろのドアが開いた。 「ここにいたか、」 「旦那様!」 慌てて騒ぎを止めて頭を下げる二人の若いメイドに、ラインハルトは苦笑して気にしなくていいと気軽に声をかける。 二人はともかく、ラインハルトに声をかけられたくらいでシーツをテーブルに取り落とすほど驚いたに首を傾げながら、廊下を指差した。 「姉上が探しておられた。ここの仕事が終わってからでいいから、後で姉上の部屋へ来い」 現在の状況を考えると、そんな用事で邸の主が自ら探すなとラインハルトに言いたくなる。 「しょ、承知いたしました……」 急にかしこまった返事をするに、ラインハルトは不審そうな目を向ける。 「なんだ、そのしおらしい態度は」 「メイドですもの!当然ですわ!」 人前で親しい態度を取られる方が困るのだと声を裏返したに、ラインハルトはいよいよ眉をひそめた。 「……熱でもあるのか?」 ラインハルトは主が入ってくるような場所ではないリネン室へ、平気で踏み込んでくるとの額に手を当てて熱を測る真似をする。 側の二人がラインハルトの手前、声を出さないようにしながら、じっとこちらを窺っている気配がして、思わず額に当てられた手を叩き落したくなった。 それを堪えるために手にしていた布を握り締めると、ラインハルトが今度は溜息をついてシーツを取り上げる。 「洗濯を終えたものを皺だらけにするな」 「ぐぅっ……も、申し訳ございません……」 「さっきから何の遊びだ?まあいい、熱もないようだ。くれぐれも彼女たちの仕事の邪魔はするなよ」 「邪魔ってなっ……んでございますですか!?」 こっちは正式にメイドとして働いてるんだと叫びそうになって、慌てて誤魔化すとやはり声が裏返る。 ラインハルトはもう憐れみの目をして、の頭を軽く掌で叩いた。 「そうか……またキルヒアイスに敬語を完璧に使いこなせと怒られたのか……可哀想に、お前にできるはずもないのにな」 「できるはずもないってどういうことぉ!?」 「……」 手入れが行き届いて軋むはずのない扉がギィーと音を立てて開いた。 にっこりと笑顔で廊下に立っていたキルヒアイスには震え上がり、二人のメイド仲間は声を殺した歓声を心の中で上げる。 「ラインハルト様、彼女達の仕事の邪魔をしては申し訳ないですよ。さあ参りましょう」 「ああそうだな。邪魔をした」 キルヒアイスに促されてラインハルトが出て行くと、少女たちは間近で話題の二人を見て声をかけられたと喜ぶが、はテーブルに両手をついて項垂れる。 「また怒られる……恐怖の作法教室だ……ノックの仕方から、挨拶の角度まで怒られる!また敬語尽くしの会話で噛みまくりで兄さまに怒られまくるんだっ!」 その晩、兄に部屋へ呼び出されたは、叱られる前にとそもそもの不審な行動の理由と焦った故の無茶苦茶な敬語だったと主張して、更に呆れられた。 「……みんなラインハルト様は、のことを妹のように可愛がっておられると思っているのだから、少々親しげにされてもプロポーズになんて結び付けるはずがないだろう」 「あ」 ぽんと手を叩く妹に、キルヒアイスは頭痛を覚えて額に手を当てた。 |
自主的課題 「そんな、ふとした日常のヒトコマ」 配布元 彼女は中身が庶民派なので、キルヒアイスの妹にも関わらず メイド仲間とは普通に友達付き合い、仕事付き合いしている模様です。 誰が一番大変かって、もちろんお兄ちゃんでしょうね……(^^;) 銀英伝短編へ お題ページへ |