「俺が死んだら……」
「縁起でもない」
ラインハルトの熱を含んだ声は途中で遮られた。
やや首を傾けて枕元で看病している女性を見上げると、不機嫌そうにむっつりと口を引き結んでラインハルトを睨みつけている。
縁起でもないどころか、その未来はもうすぐそこまで迫っている。彼女は遺言すら聞いてくれないというのだろうか。
「いいこと、死んだらなんてセリフ、死んでもいないのに使うなんて不謹慎よ」
死んでしまってからではセリフを使うこともできないじゃないか。
混乱しているのだろうか。
思わず苦笑が漏れる。
だがその小さな笑いは、より彼女の怒りを煽った。
「あ、あなたが死んだらひどいわよ!わたし、しわくちゃのおばあちゃんになってからヴァルハラに行くからね。綺麗に歳をとれる人なんて滅多にいないんだから、しわしわおばあちゃんに迫られるんだからね!わかってるの!?」
脅しているつもりなのだろうけれど、例えの奇抜さにラインハルトは益々笑いを誘われる。
「悪くないな」
「悪くない!?どこが!」
「それは、お前が俺のことを想い続けるという話だろう?」
彼女は絶句した。口を何度か閉口させ、ぎゅっと唇を噛み締める。
白く細い指が、汗で額に張り付いたラインハルトの髪を払ってくれる。
その指先が冷たいと感じるのはラインハルトの熱が高いせいなのか、彼女の血の気の引いた青い顔色のせいなのか。
「俺が死んだら、お前は未来を生きろ」
今度こそ遮られないように少し早口で告げると、黒い瞳にみるみるうちに涙が滲む。
「も、もしもあなたが先にいなくなったら、言うことなんて聞いてあげない。わ、わたしの人生だから、わたしの好きに生きるの。ずっと、あなただけしか好きにならない」
「困ったやつだな」
「そうよ。だから、置いていったら大変なんだから」
「……叶えられない約束はできない」
「じゃあ、叶えられる約束をしてよ」
本当に困った女性だ。ラインハルトは少し考えて天井を見上げる。
「では、約束だ。お前がしわしわになるまで良く生きたなら、ヴァルハラでもお前を娶ってやる」
「―――古い約束だから忘れた、とか認めないからね」
涙を堪えて微笑む笑顔は、鮮烈なまでに美しかった。








狂愛風味に十のお題
10.もし君が死んだら
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拍手第二回お礼の品。
お礼にしてはちょっと内容が重い…。



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