その日は、恋人と過ごす日でもあり友人と過ごす日でもあり、家族と過ごす日でもあるという。由来は地球にあるらしいが、詳しいことを知る者はせいぜい歴史学者くらいのものだろう。
十二月二十六日の朝も明けきらぬ早朝、現在の恋人といえるような立場の女性と夜を過ごした後、自邸に帰り着いたロイエンタールは、老執事と一つの包みに出迎えられた。
出迎えの執事にコートを渡し、部屋に入ったところでデスクの上に包みを見つけたのだ。
クリスマスと巷で呼ばれる行事にちなんだのか、赤い包みは緑色のリボンで飾られている。
それが同じ邸に住む義理の妹からの贈り物であることは、包みの傍に添えられていたメッセージカードに綴られた線の細い字で判る。
地球に端を発する故事もよく判らない祝いの日は、恋人や友人や家族などと過ごす日となっている。
「………待っていたのか」
現在、兄に恋人と言えるような女性がいることを知っていた彼女は、決して兄に今夜の予定を聞くことはなかった。恐らく最初から半ば以上は諦めていたのだろう。
初めてともに過ごすクリスマスを。
家族の日を。
そして実際にロイエンタールは帰ってこなかった。
「言えばよいものを」
一緒にいたいと言えばいいのだと口にしながら、それが出来る少女ではないことはロイエンタール自身が一番よく判っている。
兄の帰宅を起きて待っていたかったのに、「遅くなる日は先に寝ていろ」という兄の言いつけを守って昨夜も眠ったのだろうということも。
「馬鹿馬鹿しい。由来すら判らぬような騒ぎに振り回されて」
無造作にリボンを解いて包み開けると、銀色の懐中時計が箱に収められていた。細かな意匠が施された蓋を跳ねると、蓋とは対照的に文字盤は至ってシンプルなものだった。
落ち着いた色合いを醸し出す銀の時計を掌に納めて、ロイエンタールは雪の降る窓の外に視線を移した。


暖かなベッドで眠りについていたは、甘い香りに誘われて目が覚めた。
すぐ横に白い花が視界に映り、驚いて飛び起きる。
すでに空調は整えられており、暖かな部屋でベッドの傍には色とりどりの花が散りばめられてた。
「え……」
驚いたように瞬きを繰り返し、それから夢なのかと疑うように目を擦ったところで、忍び笑いが聞こえて弾かれたように振り返る。
部屋の端で壁に凭れて腕を組んで立っていた兄が、の傍まで歩み寄るとベッドに腰掛けてその頬を指先でそっと触れた。
「お前は自らの望みをいつも口にしない」
「だって……」
は頬を撫でたロイエンタールの手に自らの手を重ねて目を閉じる。
「わたしの願いは、いつもお兄様に叶えてもらっているのですから……今更です」
「……
「はい」
名を呼ぶと、幸せそうに笑顔を零して目を開ける。
青い瞳に映るものが、己の姿だけだということを確認したロイエンタールは満足気に笑って少女の細い肩を抱き寄せた。
「ささやかな望みだ」
「わたしには大きな望みです。お兄様の声で、お兄様にわたしの名を呼んでもらえることができるなら、わたしはそれで幸せですもの」
この様子では、クリスマスの贈り物に何が欲しいのかと訊ねても、この朝で充分だと答えそうだ。
それではロイエンタール自身が充分ではないのに。
勝手に見繕ってくるしかないだろうと考えながら、抱き寄せると素直に身を預けてくる妹を見下ろして、ふと贈る品を決めた。
「次の聖夜にはお前と過ごそう」
「……本当に?」
驚いたように、けれど嬉しそうに少し顔をほころばせたに、ロイエンタールはその髪に口付けを贈る。
「ああ、次は必ず」
今年は何か、この黒い髪に映えそうな髪飾りを贈ろう。
翌年には身を飾る装飾品を。次の年は服にしよう。それとももう一年は装飾品を贈り、耳と首を飾ってから服のほうがいいかもしれない。それから靴も贈って、毎年少しずつこの少女を飾り立てていくのだ。きっと楽しい作業に違いない。
その頃には、も充分に淑女と呼べる年頃になっている。あるいは彼女のほうが、恋人と過ごすために兄との約束を反古するかもしれない。
「……ありえないな」
「お兄様?」
まるで想像もできないことに笑いながら呟いた兄にが聞き返すように首を傾げたが、それには答えない。
「今夜はなるべく早く帰ろう。起きて待っていろ」
年の終わりで忙しく、擦れ違い気味の生活が続いていたからか、そんな命令にも彼女は嬉しそうに笑って頷くだけだ。いいや、そうでなくとも少女は兄の命に逆らうことはない。
嫌々に従うこともない。
今夜一日遅れの贈り物を渡されたとしても、きっとこんな様子で幸せそうに笑うだろう。
黒い髪を飾る髪飾りを考えて、思い浮かんだのは銀色だった。
ロイエンタールに贈られた懐中時計のくすんだ感じの落ち着いた銀より、もっと輝くような銀の色。
出仕すれば忙しい時間が待っていると判っていて、それでも必ず時間を見つけて贈り物を用意するだろう己の姿が容易に想像できて、ロイエンタールは小さく笑いを漏らした。






拍手でいただいたご意見に触発されて思わず書いてしまった
二日遅れのクリスマス小話です。
長編とは逆に、クリスマスの習慣が残っているという前提の話。
ただし、宗教行事ではなく慣例みたいな感じで。
(銀英(帝国)に残っているなら、北欧神話の系列っぽいですし)
本人は決して認めないと思いますが、お兄様はすっかり
妹にメロメロのような気がしてなりません(^^;)


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