「嫌になるくらいに受身」
「何がだ」
官舎でひとりゆったりとした休暇を楽しんでいたら、馴染みの少女に急襲を受けたロイエンタールは、客の相手をせずに放っておいた。
少し前まで暇だ暇だ相手をしろと騒いでいた少女は、そのうちどこから引っ張り出してきたのか、本を読んで静かになった。
果たしての興味を引くような本を置いていただろうかと首を傾げたが、酒を飲みたい気分だったので、更に放っておいた。
その果てに突然呟いたのが最初の言葉だ。
「お伽話のお姫様ってなんでこう受身なのかなーって言ったの」
「……なに?」
どうして突然お伽話の話になるのだろう。
怪訝そうに視線をやると、は椅子があるのにわざわざ仕事に使うデスクに腰掛けて、足をブラブラと揺らしながら、膝に抱えた分厚い本に目を落としたままだった。
「継母にいびられたらいびられっ放しとか、追い出されたらそのまま適当に人のうちに転がり込むだけとか……あー、眠りっ放しの場合はどうしようもないけど」
「そうでなければ話にならんだろう」
「なんて即物的な答え」
くだらない疑問を持っている少女に、呆れたように言われて少しむっとする。
いやいや、子供の言うことだ。
ロイエンタールは首を振って溜息をつくだけで、の挑発を流した。
「では、現状を打破する能力がないゆえということだ。如何ともしがたい」
「なるほどなるほど。じゃあその現状が打破されたのはどうして?」
「決まっている。外からの干渉があるから、だ。一目惚れで王妃を決める迂闊な面食いの王子なり、死体に口付けをする特殊な趣向の王子なり、いわゆる権力者だな」
「非常に裏を含んだ権力者評だねー……」
「違ったか?」
「……いえ」
は乾いた笑いを漏らしながら本を閉じた。その背表紙にお伽話集という文字が見えたような気がして、ロイエンタールは眉をひそめた。
本格的に、この家に置いているはずのない本だ。
「おい……」
「じゃあこの暇を打破するには、どんな干渉が必要でしょーか?」
本を抱き込むように膝を抱え、その上に顎を乗せた少女の目はじっとこちらを見ている。
「では俺の平穏はどうしたら保証されるのかを聞きたいものだな」
「絵本の中のお姫さまのごとく、諦めて流されるという方向で」
ロイエンタールは溜息をついて、手にしていたグラスをテーブルに置いた。
は嬉々としてカードを手にデスクから飛び降りると、ロイエンタールの座るローテーブルのほうへと移動してくる。
「わざわざ暇つぶしの品まで用意してきたくせに、辛抱の足りん奴だな」
「ああ、これ?これは前に同じことして、ラインハルトに「これでも読んで大人しくしろ」って押し付けられたやつ。しかも子供向け絵本ときたものだから、腹が立ってずーっと棒読みで音読してやったの。実はさっきの感想はラインハルトのものなんだよねー」
ロイエンタールは先ほど考えた、への評を思い出す。
くだらない疑問を持っている、と。
そのくだらない疑問のそもそもの発信者は、自らが上官と仰ぐ青年。
「閣下……」
きっとそんな適当な疑問を口にして、少女を適当にあしらおうとしたのだろう。まさか真面目にそんな疑問を持ったはずがない。
半ば以上そうだと信じているのに、ロイエンタールはどっと疲れを感じた。
彼女から襲撃を受けた時点で、お伽話の姫君のように受身になることは止むを得ないことなのかもしれない。





「絵本の中のお姫さまは、」
配布元:自主的課題


第10回拍手お礼の品です。
間に幼馴染みがいると、
知りたくない上官の姿を垣間見えてしまいます。
それにしても常に押し切られる男だ……。

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