「うわ、寒……っ!」
邸の扉を出ると、はきっちりと上まで前を合わせたコートを更に掻き合わせるように掴み、マフラーに顎まで埋めて小さく呟いて背中を丸める。
「やっぱり車で行こうか」
続いて出てきたラインハルトを振り返ってそう言うと、呆れたように肩を竦められた。
「すぐそこだから徒歩で充分だと言ったのはお前だろう。キリキリ歩け。そのうち身体も温まる」
「そうなんだけどさー、雪まで積もってて足から凍えるというかね」
「軟弱者」
ふっと鼻先で笑われて、は目を細めると大きく一歩足を踏み出した。
「ちょっと言ってみただけだよ。行くよ、行けばいいんでしょ!」
ラインハルトがゆっくりとその後をついて歩くと、は半ば小走りで先を行ってしまう。
「相変わらず落ち着きのない奴だな」
「寒いんだよ!早く早く!」
「あまり早く着くと、逆にキルヒアイスが来るまでその場で待つはめになるぞ。足踏みでもする気か」
「くっ……」
は眉をしかめ、しばらく考えると歩幅を狭くして代わりに細かく足を動かすことで身体を温めることにした。
「………とてもじゃないが、淑女と言える姿ではないな」
小刻みに足を運ぶさまは傍から見ているととても滑稽で、ラインハルトは懸命に笑いを噛み殺す。
「それを言ったら、お貴族様の淑女は寒空の中を徒歩で迎えに行ったりしないのよ。精々玄関先で出迎えるくらいなの。ほら見てよ、吐いた息が白い。さーむーいー」
「それなら、それこそ玄関先で出迎えたらいいじゃないか」
「そんな普通なのはつまんないでしょー?ジークには久々の里帰りよ?家族の温かさでありがたみを改めて思い知って実家に帰りたいとか言われたらどうすんのよ。ここはこの寒空の中、出迎えに行ってこっちの家も温かいなあと思わせるの!」
そんな真似しなくとも、キルヒアイスが実家に帰ると言い出すわけはないと思うのだが。
おかしなことを言うとその着膨れて丸々とした背中を眺めながら首を捻り、ようやく突然キルヒアイスを迎えに行くと言い出した理由がわかった。
家族が恋しいのは、の方なのだ。
ラインハルトにとって家族は、姉のアンネローゼと身内とすら言えるとキルヒアイスの三人だけなので、他に恋しい家族はいない。
にとっての家族代わりも、やはりラインハルトとキルヒアイスとアンネローゼという近しい者たちだけ。だが彼女は、本当に母親が好きだった。
二度と会うのことの出来ない母親が。
自分が母親を恋しく思うからといって、キルヒアイスも同じなわけはないのに。
路線バスの停留所に着くと、はつま先で立ってその車影を探す。
「そろそろ時間なんだけどなあ」
「雪で遅れているんじゃないのか」
「冬で地面に雪が積もるのは常識でしょ!その対策くらいしとけー!」
寒さでバスにまで八つ当たりか。
ラインハルトは笑ってその小さな身体を後ろから抱き締めた。
「え、な、なに!?」
「寒いんだろう?キルヒアイスを待つ間、こうしていると少しは温かいぞ」
「や、でも、なんか、なに、この子供抱っこみたいな格好」
脇の下に回した手をの腹の上で組むと、ラインハルトはその身体を後ろにもたれさせるようにして、そのままベンチに座った。
「ちょっとー!?」
膝の上に座らされては飛び降りようと暴れたが、大声を出すとますます道行く人の注目を浴びるので慌てて口を噤む。
「何なの、一体!?」
「お前が寒い寒いとうるさいからだ。どうだ、温かいだろう」
「や、確かに温かいけど、それ以上に恥ずかしいんですけど」
「頬が赤いな」
「だから恥ずかしいんだって!」
「そうか?寒さのせいだろう。風が冷たいからな」
ぎゅっと抱き締める手に力を込めて。
「俺はずっと、お前の側にいるからな」
耳元で膝の上のにだけ聞こえるくらいの小さな声で囁く。
「頬が赤いな」
「風が冷たいからね」
は憮然としたように返しながら、抱き締める腕に手を重ねる。
「しょうがないから湯たんぽ代わりになってあげるよ」
「寒いと騒いでいたのはお前だろう」
ラインハルトに背中を預けて。
街角のバス停で、そんなふたりに出迎えられたキルヒアイスが絶句したのは言うまでもない。








自主的課題
「まっしろな息、まっかな頬」
配布元




第6回拍手お礼の品です。
またしても時間軸不明……。
一緒に暮らしているようですが、そうなるとシュワルツェンの館でしょうか。
でもそうすると宰相閣下がふらふら護衛なしで出歩いていることに(^^;)



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