「ジークが怖がってるんじゃないかって思って、来てあげたわ」
枕を抱えて部屋を訪ねてきた挙句にそう言われても、説得力の欠片もない。
キルヒアイスは笑い出しそうになるのを堪えながら可愛い妹のような少女を招き入れた。
「嬉しいな、今日は風が強いから少し心細かったんだよ。がいれば心強い」
まだ四歳の向かいの家の少女は、たったひとりの肉親である母親がこの二日ほど仕事で家を留守にしていて、キルヒアイスの家で預かっている。ひとり部屋を提供したのだが、それ自体が間違いだったようだ。
とうの昔に窓を揺らす夜の風も、時折聞える雷鳴にも怯えることなどなくなってはいるが、プライドの高い少女のためにその押し付けがましい論法を自然に受け入れた。
部屋に入るとベッドに潜り込んだは、枕を並べてキルヒアイスを手招きする。
「ほらジークも早く!」
「はいはい。もうちょっと詰めてくれる?」
言われるままに壁際に小さな少女が移動すると、キルヒアイスも電気を消してからベッドに潜り込んだ。
「もうちょっとこっちにこないと落っこちるよ」
そう注意されて、闇の中で彼女に見えないだろう状態になって初めて顔を緩めた。
「そうだね、を抱っこしてもいい?」
「しょうがないな。ジークがベッドから落ちたら可哀想だもんね」
小さな少女を抱き締めて、お互いに寝場所を確保したとほぼ同時に雷鳴が轟いた。
腕の中の小さな身体がびくんと震える。
キルヒアイスは気付かないふりで、精々驚いたふうを装う。
「大きいね。近いのかな」
「こ、怖いの?」
「さすがにあれだけ音と光が大きいとね。でもがいるから」
「そ、そうよね。ジークってば身体ばっかり大きいんだから」
強がりながら、眠りにつくまで彼女は落雷の度に怯えて震えていた。



稲光に浮かぶ光景に、キルヒアイスはかつてをひどく懐かしんだ。
電灯もつけていない部屋は、落雷のときにだけ一瞬その光景を見せてくれる。
……見せてくれなくてもいいのに。
「………、風邪を引くよ」
あまりはっきりとその光景をみたくないので、キルヒアイスは明かりをつけることなくソファーで寝そべる娘を揺らした。
、寝るなら部屋に帰ってベッドを使いなさい」
かつて稲妻を恐れて怯えていた少女は、轟音の中で足をテーブルに投げ出し読みかけの本を床に落としてわずかに鼾もかいて眠っていた。
部屋が暗いので本の題名は見えないが、今朝出かけるときに持っていたものと同じ本ならタイトルは『上手な犬の躾け方』だったはず。犬も飼っていないのになぜその本なのか、理由はあまり知りたくない。
「ラインハルト様がこの光景を見たら、失望なさるだろうか、それとも勝ち誇って大笑いなさるだろうか……」
どちらにしても、自分の大切なふたりのうちどちらかが落ち込んだり不機嫌になることは確実だったので、キルヒアイスはもう一度強くその肩を揺さぶった。








自主的課題
「正しい長夜の過ごし方」
配布元



第五回拍手お礼の品です。
……乙女の欠片もない寝姿にお兄ちゃん(代わり)は
可愛かった頃を思い出して寂しい気持ちになったようです…。



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