「ああ、鬱陶しい」
窓際から聞えた声に、ひとりワインを傾けていたロイエンタールは視線を向けた。
相変わらず貴族の令嬢らしさなどなく、出窓に上がって膝を抱えていた娘は、ロイエンタールではなく窓の外を眺めていた。
「……何がだ」
放っておいてもいいものを、水を向けてみたのは気紛れだ。その評価が休暇だからと昼間から酒を飲んでのんびりとすごしているロイエンタールに向けられたものだろうと、さして痛痒を感じるようなこともない。
もう何年の付き合いになるか、出逢いからして突飛ではあった接し方は互いに大きく変わってない。
一応これでも世間的にはいわゆる恋人という存在になるはずだが。
「ここのとこずっと雨。鬱陶しいったらない」
「邸に閉じこもっているだけなら雨だろうと嵐だろうと変わりはあるまい」
「嵐なら面白いからまだまし。この静かに降り続けるだけの地味さが嫌いなのよ」
雨を嫌う理由は多々あるだろうが、地味という理由は珍しいのではないだろうか。
「相変わらずわからんやつだ」
「全部わかるようになったら、つまらなくなって捨てるくせに」
「捨てる?まるで大人しく捨てられるしおらしさがあるような言い草だな」
軽く天井を見上げた娘は、やがて納得したように頷いた。
「………確かに」
恐らくこのときふたりの脳裡には似たような状況がシミュレートされたに違いない。
ロイエンタールの想像するところ、別れを告げれば彼女は「こちらから願い下げだよ!」と殴りつけてくるか、もっと簡潔に「ふざけるな!」と蹴りつけてくるかのどちらかだった。
そう言えば、数年前彼女と本当の意味で知り合ったときもこんな風に雨が降っていた。
あれは通り雨ではあったが、あの雨がなければ彼女はロイエンタールが友人と共にいた店に雨宿りすることもなく、出逢うことはなかっただろう。もしくはもっと違う、ありふれたつまらない出逢いだったかもしれない。
「………いや」
どう見ても、彼女と自分ではありふれた出逢いなど想像できない。再び夜会で顔を合わせただけならば、そのまま互いに関わることはなかったに違いないのだから。
ひとり苦笑するロイエンタールに、恋人は怪訝そうな目を向ける。
ただの笑顔やぼんやりと呆けている顔より、その表情がなにより気に入っているのだと言えば彼女はどういう反応を返すだろう。
何時ものやり取りを思えば、半ば予想がついているかもしれないが。

名を呼んで手を伸ばす。それ以上はなにも言わない。
彼女は窓の外に視線を動かして知らないふりをしようとするが、抱えていた足はもう出窓からぶら下がっている。
、こい」
短い一言を付け足すと、まるで仕方がないというような溜め息をついて出窓から飛び下りた。
「まるで犬でも呼びつけるみたいにさ」
不満を零しながら、ロイエンタールのすぐ横に腰を降ろす。
「犬?犬は主人に忠実な生き物だろう。お前よりよほど上等だ」
「忠実なのは信頼関係があるからでしょ。当たり前のように服従を求めるだけで関係なんて成り立たないの」
「従おうという努力すら見えんな」
「見返りもないのに」
「餌なら十分に与えている」
「もらってないよ」
隣に座る恋人の細い肩を抱き寄せた。
「夜の闇ではさんざん喰らうだろう。忠実に鳴きながら」



窓の外は秋の雨。
出会いは春の通り雨の日だった。
あの日蹴られたのは膝裏で、体勢こそ崩したが痛みはそれほどではなかった。
静かに雨の降り続く秋には、力の限り向こう脛を蹴り飛ばされた。








自主的課題
「愁霖」
配布元



第五回拍手お礼の品です。
あるかもしれないしないかもしれない、恋人設定で。
数年後のことですが、おそらく17,8歳くらいかと。
……ネタがオヤジだよ、ロイエンタール(^^;)



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