……君も女の子なんだから……」
幼馴染みのセリフに、は目を細めた。
「それ、差別的発言」
聞きなれたはずの説教に、珍しく不機嫌に言い返した少女を思わず見上げた。
ドレス姿のままでどうやって昇ったのか、木の枝の上では足を揺らして降りてくる気配もない。
揺れるその足は、裸足だ。履いていたのだろう白い靴は幹の側に転がっている。
「降りておいで」
もう怒らないからと両手を広げて説得しようとしても、顔を背けて聞きもしない。
漏れかけた溜息を飲み込んで、木の幹に背中を預けて長期戦の構えに切り替えた。


すぐに不機嫌の理由を聞いてくるかと思ったのに、キルヒアイスは木にもたれたまま口を開こうともしない。
段々と居心地が悪くなってきて、はわずかに身じろぎしてそっと枝の間から幼馴染みを見下ろした。
キルヒアイスはまっすぐに前を見ていて、上からは真っ赤な髪と旋毛がよく見える。
ここ最近知り合ったの周囲の男性はほぼ軒並み長身だが、再会したこの幼馴染みはその中でも群を抜いて高い。
そのキルヒアイスを見下ろせる位置にいることに、少しだけ気が晴れた。
「だって、ラインハルトが『女のくせに』って言ったんだよ」
ぽつりと呟くと、ようやく赤毛が揺れて上を向いた。
「さっき、アンネローゼ姉様のアップルパイを取り合いしたの。早い者勝ちで争って、わたしが勝ったら、負け惜しみでラインハルトの奴『女のくせに、なんて食い意地が張ってるんだ』って」
拗ねて木に登ったくだらない理由に、さすがにキルヒアイスも呆れるかと思ったのに、軽く首を傾げて、そして頷いた。
「それはラインハルト様がいけないね。おいしいものが好きなことに男女での違いはないのだから」
子供みたいに拗ねているから、とにかく同意して宥めようとしているのかと思ったが、それはキルヒアイスらしくない。
「僕も人の事は言えないけどね。便利だからつい使ってしまうものだ。『女の子だろう』『男のくせに』。だけどこれは、人を縛ってしまう言葉だ。すべてをそれで区別してしまうことは、間違っているね」
困ったような微笑みは、キルヒアイスが本当にそう思っているように見えて、は本当に拗ねている理由をぽつりぽつりと説明し始める。
「……おじい様によく、言われたの。女は黙っていればいいって。夫に尽くす人形になれって。女はものを考えるなって」
普段は心の中でせせら笑って聞き流していた言葉でも、たまにはそれが喉に刺さった小骨のようにちくちくと痛みながら残る時もある。
どういう切欠なのかはわからないが、今回は偶然にも昔のことを思い出して重ねてしまって、腹が立ったというよりショックだったのだ。
ラインハルトに、あの祖父と同じようなことを言われたようで。
「そうか……」
キルヒアイスは深く頷き、わずかに首を傾げた。
「ラインハルト様の場合は、言葉の綾だろう。だけどつらかったんだね?」
にもわかっている。あれは単なる子供の喧嘩だ。ラインハルトにあの祖父のような蔑みの感情があるわけではないことはわかっている。
わかっていても、悔しかったし悲しかったのだ。
キルヒアイスは、再び両手を広げた。
「降りておいで」
今度はも反発しなかった。
軽く身体をずらして、躊躇もせずに枝から飛び下りる。
が小柄でも、高い枝から落ちてくれば十分な衝撃があっただろうに、キルヒアイスは危な気なくその身体を抱きとめた。
「危ないから、木登りはしないように」
女の子だからではなくて、危ないから。
きちんと理由を訂正してくれたキルヒアイスに、は頷いてその首にぎゅっと抱きついた。
「ごめんね、ジーク。ありがとう」
キルヒアイスは柔らかく苦笑して、首を振った。
「わかってくれればいいんだ」
「うん」
「………僕の分のパイも食べてしまったことも、ね」
「あ………」
は自分の失態に気付いた。ラインハルトと、仕事で留守だったキルヒアイスには内緒にしていようという協定を結んだのに、すっかり忘れていた。
キルヒアイスはを降ろすことなく、抱き上げたまま邸に向かって歩き出す。
拘束されていて、逃げることもままならない。
「ふたりとも、パイの食べすぎで夕食を食べられないなんてことは、許さないからね」
「い、いやだなあ……ジークってば、男の子なのに心がせまーい」
「そうだね、きっと男だから心が狭いんだ」
邸に戻れば、ラインハルトと一緒に説教される。
だけど、より強く怒られるのはラインハルトに違いない。
キルヒアイスが中立なのは、いつだって喧嘩両成敗の場合のときのみだから。








自主的課題
「melancholic」
配布元


第4回拍手お礼SSです。
なんだかんだで妹分には甘い人。
この幼さでは14歳時点のはずですが、
なぜ同じ邸に住んでいるのかはお気になさらずに(^^;)


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