「誕生日?」
「ほぉう。ほぉまへぇにたのにょめないふぁって、ふぁつりしゃんが……」
「まず口に中の物を全部食ってから喋れ」
暖かいほうじ茶を水筒からカップに注いで手渡すと、終はほどよい温度のそれを一気に飲み干す。
口の中の料理と共に嚥下する喉の動きを眺めながら、は腕を組んで椅子の背凭れに体重を掛けた。
「そりゃ別に構わないけど、おれが混ざっちゃていいのか?家族水入らずとかじゃ」
「今更誕生日で水入らずってもんでもねーよ。それより茉理ちゃんたってのお願いだ。むしろ断わられたらオレがつらい」
「茉理ちゃんというと、鳥羽先輩だよな。お前、従姉だっけ。いいなあ、美人従姉」
「そう。美人で気立てが良くて料理も上手な俺の自慢の従姉殿。その茉理ちゃんが、お前にも参加してもらえたらって言うんだ。余もお前のこと気に入ってるしさ。それにあの気難しい続兄貴まで!……ってお前、いつの間に兄貴と知り合ったんだ?」
「いや〜……それには色々とありまして……」
大学部の中庭で、足を掴まれて片手で投げ飛ばされたことを思い出しては遠い目をする。ある意味劇的といえば劇的な出会いだ。
「しかしそうか……それなりに気に入ってはもらえていたわけか」
暇潰しにはなったとは言われたが、それなりに楽しかったと言う言葉もそれでは本当だったわけだ。もっともあの毒舌家がリップサービスをしてくれる図は始めからあまり想像できないけれど。
「なら、おれは竜堂家の誕生日会に料理を作りに参加すればいいわけだな?」
は話が早いねー!ただ、お前に作れってんじゃなくて、一緒に作ってみたいっていうのが茉理ちゃんのご希望なんだ。茉理ちゃんには日頃からお世話になってるからさあ、オレとしてはその希望には添いたい。ってわけで、オレの恩義と胃袋のためにお前、参加しろ」
「命令になってるぞ……」
さっきまでは予定を尋ねていなかったかと溜息をつきながら、は肩を竦めた。
「了解。んじゃ、次の休みの日にな」


一月十七日は竜堂家にとって特別な日だ。なにしろ兄弟が四人もいて、四人揃って同じ誕生日だというのだから驚きだ。それが実は四つ子だったなんてタネなら納得もできるというのに、ここの兄弟ときたら双子すらおらず、全員違う年に産まれている。
「どんな確率だよ」
十七日を過ぎた最初の休日。
竜堂邸の台所で出汁で伸ばした卵を菜箸で溶きながら首を傾げるに、隣で肉団子を作っていた鳥羽茉理はころころと笑った。
明るく健康な笑い声は年頃の女性としては少し元気が良過ぎるかもと言えなくもなかったが、それがの耳には心地良い。
「本当にね。仲が良いにもほどがあるわ」
「四人分の祝いが一回で済むのは楽といえば楽かなあ」
くん、案外ものぐさね」
茉理は肉団子を捏ね終えた手を軽く拭いながら台所を見渡した。
「それにしても、くんってほんとに手際いいよね…っと」
まな板の上の食材に、湯気を立てる三つの小鍋。もうすぐ蒸し時の蒸籠に、今作っている茶碗蒸しを入れる頃にはオーブンで回っている鴨肉のローストが出来上がりそうだ。
それらを見回して感心していた茉理は、口に手を当て言葉を切ると苦笑いを零した。
「却って失礼な感想かしら」
「とんでもない!鳥羽先輩みたいな綺麗な女性に誉められて嬉しくない奴なんていませんよ」
出汁と溶き混ぜた卵に軽く醤油を垂らし、僅かに塩を入れると、は心からの賛辞を茉理に向ける。
「そう?くんって如才ない感じね。でも口が上手い男は信用されないわよ」
「わー手厳しい。肝に銘じます」
天井を見上げて瞑目したに、茉理は再びくすくすと声を上げて笑った。


「随分楽しそうだな」
「お前、茉理ちゃんにも気に入られたみたいだなー」
台所に入ってきた竜堂家の長男と三男に、と茉理は揃って振り返る。
「楽しいわよ、始さん。くんって話しやすいみたい。終くん!つまみ食いはだめよ!」
ミートパイをつまんだ終の手に気づいた茉理がぴしゃりと叩く。
「鳥羽先輩すごい……あの竜堂のつまみ食いを止めることができるなんて早業〜」
「何年こんな攻防があったことか。慣れよ、こういうのは」
「なんかオレ、酷い言われような気がしてきた……」
「言われるようなことをするからだ」
呆れたように拳で軽く弟の頭を小突いた始は、袖のボタンを外して軽く捲くりながらながら茉理の隣に移動する。
「何か手伝うことはあるか、茉理ちゃん」
「ないわ。今日の主役の一人は座っててよ。ねえくん」
「まったくですよ、鳥羽先輩」
ねー、と顔を見合わせて、鏡で合わせたように同じ角度で首を傾げて見せたと茉理に、始は眉を寄せて渋い顔をする。
「そうか……ならいいんだが」

歯切れの悪い始に首を傾げていると、なぜかテーブルの向こうで中腰になって、始の様子を伺いながら終が手招いている。
は始と茉理をちらりと見やり、二人が終の奇行に気づいていないことを確認してから手招きに応じた。
二人して、キッチンテーブルの傍らで小さくなって膝を抱える。
「なんだよ竜堂」
「茉理ちゃんと仲良くなるのはいいけど、なりすぎると次の世界史の授業では悲惨な目に遭うぞ」
「はあ?……あ、ああー、なるほど、つまり……」
パチンと指を鳴らしたが終にその指を向ければ、終はその人差し指に自分の指をつけて大いに頷く。
「茉理ちゃんはオレの未来の義姉さんだ」
「わぁ、竜堂先生やるなあ……」
終と二人でしゃがんだ体勢のまま、そっとテーブルの向こうを伺えば、確かに若い新婚夫婦の後姿のようにも見える。
「君たち、何を怪しげなことをやっているんですか」
後ろから掛けられた呆れ声に、終とは同時に飛び上がる。
「わあ、続さん!」
「続兄貴!急に後ろに立つなよ!びっくりするだろ!」
「僕としては、台所に入ったところで膝を抱えた二人組がいたことのほうが驚きです。ふたりでよからぬ悪戯でも画策しているのではないでしょうね」
「あ、失礼だな兄貴。悪意に満ちた偏見はやめてもらおうか。オレは単にに、茉理ちゃんに手を出したら始兄貴が恐いぞって忠告しただけなのに」
「ああ、なるほど。それはなかなか重要な忠告ですね」
「聞えているぞ、お前達」
振り返ると腕組みをした始が仁王立ちしていて、その後ろで手にしたお玉を口元に翳して俯いている茉理の頬は、ほのかに赤い。
「…………どうしよう、竜堂。鳥羽先輩がすごく可愛い」
年上だよな、今時の女の子のはずだよな……純情で可愛い……。
思わず呟いたに、始の眉がぴくりと反応を示す。
は慌ててホールドアップして首を振った。
「やだな、先生。おれのは憧れですよ、憧れ!」
「いや、俺は別に……」
「素直は美徳ですよ、兄さん」
「お前達……」
涼やかに忠告をしながら冷蔵庫を開けて水を取り出した続に、始は渋面を作って弟達と生徒一人を、じろりと見回す。
「あ、もう蒸篭がいい感じ。おれ料理に戻りまーす!」
は慌ててボウルを片手に茶碗蒸しの器の前に避難した。


「つーわけで、今回は人数も多いし和洋折衷なんでもござれでやってみました」
カッテージチーズとトマトのカナッペ、いくらとオクラのおろし和え、梅のゼリー寄せなどさっぱりめの前菜や、タレに漬け込んだ鶏肉の幽庵焼き、マスタードを傍らに海老焼売、肉厚のあるスペアリブ、鯛のかぶと煮には歯ごたえのある牛蒡も煮込み、一口サイズの手鞠寿司に、牛タンのカマンベールチーズ揚げにはレモンを添えて、しっかりと米を食べたいときにはアスパラガスと生ハムのリゾットと中華風チマキを。
その他、終と始が覗いたときに作っていた茶碗蒸しや鴨のロースト、肉団子の牛乳スープにコンソメスープパスタなど、所狭しとテーブルに並べられた器を前に、終は両手を握り合わせて目を輝かせる。
「うーまそー!と茉理ちゃんのコラボレーションはこの世の天国だー!」
今にも箸をつけそうな様子の終を横目にエプロンを外しながら、は軽く息を吐いた。
「お前の飯を毎週作りに来てるなんて、そりゃ鳥羽先輩も料理上手いわけだよ……」
「毎日終くんのお昼を作ってきてる人が何言ってるの」
「おれのは実益を兼ねた趣味なんで」
「いい趣味よね……。余くん、デザートもたっぷりあるから考えて食べてね」
終の反応が顕著すぎてそこまで目立たないとはいえ、食べ盛りなのは兄と同じ余もテーブルを見回して身を乗り出している。
「はーい!茉理ちゃんもさんも、すごく料理が上手だから楽しみだね、兄さん!」
「うむ。料理人が来たのはオレがいるからだという感謝を忘れるなよ、余」
「そこでどうして君が自慢するんですか」
溜息をつく続に笑いながら、始が軽く手を叩いた。
「よし、それでは全員揃ったところで食事にするか。茉理ちゃんとにちゃんと感謝して食べるように」
「そうですね」
「美味いメシに感謝は忘れないよ、オレは」
「ありがとう、茉理ちゃん、さん」
揃って視線を向けられて、と茉理は顔を見合わせて、小さく笑う。
「主役が揃ってお礼なんて、ねえ、くん?」
「ですよねー。がっつり食ってくれたら十分なのに」
「それはそれってやつさ。では、冷めないうちに食べるか。いただきます」
「よーし、いただきまーす!」
始が最初に箸をつけるのを待って、終も腕まくりをして箸を繰り出した。
「終くんに限って大丈夫だと思うけど、くんがみんなそれぞれに別々のお菓子を作ってくれたから、ごはんだけでお腹一杯にならないでね」
素早く減って行く料理に呆れながら茉理が肩を竦めると、終に負けないように頑張っていた余が顔を上げる。
「別々に?」
「そうよ。始さんにはいちじくのコンポート、続さんにはチリソースクレープ、終くんにはフルーツタルト、余くんにはホワイトチョコロールケーキ。みんな違うお祝いお菓子よ。くんってものぐさなのか、几帳面なのか難しいわ」
軽く息をつく茉理に、珍しく続も素直に感心したように頷いた。
「凝ってますね」
「そりゃあ、一緒のお祝いもいいけど、やっぱ別々のお祝いもあったほうが楽しいでしょう?先生のコンポートは水の代わりに赤ワインベースだから大人にもいけると思うし、続さんのは甘いクレープ生地にぴりっと辛いホットホースがイメージっぽいかなっと……」
「それはどういうイメージで?」
にっこりと、笑顔で軽く首を傾げる続には笑いながら目を逸らす。
「……で、竜堂はとにかくボリュームを重視で、余くんには甘いホワイトチョコにすっぱめのイチゴを中に巻いて、ちょっとアクセントをつけてみた。甘いばかりがイメージってのはないし。男の子だもんな!」
「うん!」
兄たちの個性が強いせいで、どうにも可愛く見られがちな末っ子は、ふわふわと甘いばかりではないと認められたことが嬉しい様子で大きく頷く。
「ちゃんとスタンダードなイチゴのショートケーキもホールで焼いたから」
ほくほくと嬉しそうな年少組の少年たちを微笑ましく眺めながら、茉理はぽつりと呟く。
「今日一日ですごく太りそうだわ……くんはちょっと女性の敵ね」
隣にいた始が、堪えきれない様子で吹き出した。








かなり遅くなりましたが、竜堂兄弟の誕生日祝いに寄せて。
せっかくだから、とにかく兄弟にバラバラのデザートを!
と、そればっかり考えてました、この話(苦笑)


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