出会いそのものは、劇的。
なんてこと、全然無い。
ただ、高校最初の学年でクラスが一緒になっただけのこと。
だけどにはまったくもって、運命だったとしか言いようがない。
「竜堂!」
以前から学食で教室で、素晴らしい食べっぷりを披露するその姿に、釘付けだったのだ。
今まではなんの接点もなかったから躊躇していたけど、今日からはクラスメイト。
この申し出をしても、失礼には当たらないだろう。
そう思って、始業式の日ホームルームの後。
まだ担任が出て行っていないざわついた教室で、は一目散に目当ての人物の机に両手を突いて、勢い込んで申し込んだ。
「おれと付き合ってくれ!」
教室が静まり返った。



どうぞ、よろしく



「第一声があれだもんなあ。さすがのオレもごめんなさいと言いかけたよ」
言わなくてよかったけど。
ベトナム風生春巻きを咀嚼しながら、一週間前のことを未だに思い出したように突付くのは、竜堂終。
その前に座り、魔法瓶の水筒から湯気の立つウーロン茶をコップに注いでいるはごほんと咳払いした。
「若気の至りだ。ちょっとした言葉の綾だろう。竜堂、しつこい」
それに、はあの後すぐに言い直した。



「あ、違った。おれの修行に付き合ってくれないか、だ」
静まり返った教室にも、凍りついた終にも、終の兄であり、このクラスの副担任である竜堂始が教室の入り口で額をぶつけたことにも、気付いていなかったけど。
「しゅ……修行……?」
終が恐る恐ると聞き返す。
目の前で机に両手をつくは、カッコイイというよりは綺麗系で、黒い艶やかな髪と茶色がかった瞳を持つ、女生徒に非常に人気が高い男だ。
もっとも、観賞用としては人気があっても、綺麗過ぎて彼氏にはしたくないという意見が大半を占めるのだが。
終は人の趣味趣向に偏見を持っていないつもりだが、自分がその対象にされるとなると話が違う。
緊張するのも無理はないと思う。
だが、話は一変、終は次の言葉に一気に表情を輝かせることになる。
「そう。おれ、料理人になりたいんだ。料理の修業。竜堂に試食してもらいたくて」
「え?試食!?マジで!するよ、する!喜んで試食する!」
「あ、ホントにいいのか?やった、じゃあ今日家に……」
「ま、待った!」
間に割って入ったのは、先ほど入り口で額をぶつけた終の兄、社会科教師の始。
「なんだよ、兄貴」
「あ、先生。なにか今日はご家族の方で?」
「え、オレなんにも聞いてないけど」
「そうじゃない、そうじゃないが。お前、終の無尽蔵の腹を知っての申し出なのか、それは」
「もちろんですよ。前々から竜堂のあの底なしの食欲と、それでいて結構肥えた舌には目をつけていたんです。いくらでも食べてくれそうだし、ビシバシ意見を聞かせてくれそうだし」
「おお〜食べるよ、言うよ。オレの好みの意見になるだろうけどさ」
「それでいいんだ。万人向けの意見は自分でデータを揃えるのが重要だし」
「い、いやしかし……終は本当に……」
「じゃ、早速行こうぜ!今日はなに食わせてくれんの!?」
「今日は和食を。豚肉と大根の重ね煮と春菊のごまよごし、それにゆず茶碗蒸し。味噌汁にはわかめと豆腐なんぞを。あと食後のお茶請けに葛きりなんてどうだろう?」
「いいね、いいねえ!あ〜今から腹鳴りそう」
悪魔の胃袋から生徒の財布を守ろうと伸ばされた腕は宙に浮き、教室にはざわめきが戻った。
話題の中心となるふたりは、すでに帰路についていた。



終の箸はすでに生春巻きを完食して、牛肉のXO醤炒めに取り掛かっている。
ご飯は白米ではなく中華風五目飯だ。
あれから一週間、竜堂終の昼食はそのままの試食会と化している。
の期待通り、どれだけ恐ろしい量を作ってきても、終は料理を残したことは無い。
しかも、感想は歯に衣着せず聞かせてくれる。
としては、本当にいい被験者だ。創作料理も感歎し、時にはダメ出しをしながらも食べてくれる。
そして、終としても願ったり叶ったりの環境。
が五段重ねの重箱に昼食を作ってきてくれるものだから、昼食代が浮いて助かる。
しかもその料理は美味い。時に首を捻るような味のときもあるが、その時は遠慮なく意見を言うし、その時だって不味いわけではないのだ。
そしては勉強熱心で、終の言葉に頷いてメモを取りながら、終の十分の一以下の昼食を一緒に取る。
こんなに幸せでいいのだろうか。
食べ終えたお重を重ねて脇に避けると、は次にタッパーをふたつ取り出した。
「今日のデザートは桃饅頭と豆乳プリンだ」
ひとつは桃饅頭がぎっしりと詰り、ひとつは保冷剤を間に詰めた四つ器の中の白い滑らかそうな艶が終を誘う。
豆乳プリンを三つぺろりと平らげると、終は十分に数のある桃饅頭を両手に持って満足そうに口に頬張る。
「上げ膳据え膳で最近のオレの生活、充実してるなあ」
「おれも充実してるよ」
も上機嫌で豆乳プリンを食べていた。
「あ、竜堂、今日は空いてる?」
「今日はなんにもないよ。なんか食わせてくれんの?」
「創作フレンチなんだけどさあ、やっぱあったかいうちに食べて欲しくて。あと汁物系を」
「やりぃ。んじゃ、放課後早速お邪魔して。の作る飯、美味いからなあ」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
今日もふたりの周りだけ、異世界だった。








始が終のクラスの副担任とどこかに書いてあったような記憶があるのですが……
白昼夢だったかもしれません(^^;)
食欲から始まる友情です(笑)


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