共和学園の食堂の料理は決して不味くはない。不味くはないが、それ以上に美味しい昼食で満腹になって機嫌よく弁当の片付けを手伝った余は、広くなった机に別のタッパ―が出てきて驚いた。
「では、今日のデザート」
「デザートまで作ってきてるんですか?」
「料理人になりたいって言っても、分野が全然決まんないからさ。今はもう候補から外したもんの、パティシエもどうかと思ってた時期があって、その名残」
がタッパーを開けると、中には半透明に白く濁ったゼリーのようなものが器に入ってふたつ並んでいた。隙間には保冷剤も詰めてある。
「シャンパンゼリーだ」
「わー、美味そう」
デザートは二つしかなかったので、余が遠慮していると本人に試食だからと手渡される。
終は躊躇無く器を一つとって、横に添えてあったスプーンで一口頬張る。
「んーっ、冷たくて美味い!シャンパンの味が結構きついけど、それがまたいいな」
「かなりの量を入れたからな。シャンパンゼリーはシャンパンの味がしないと」
「え?そ、それまずくないですか?」
スプーンを入れようとしたところで手を止めた余に、は首を傾げる。
「ええ?美味しいと思うよ。ああでも、弟くんにはまだ早い味かな」
「そうだぞ、余。美味いけど、まだお前には早いよ、これ」
終はまた柔らかな弾力を魅せるゼリーにスプーンを差し入れた。
「いえ味のことじゃなくて……」
「酒のことだ!」
怒鳴り声と一緒に、拳が振ってきた。


「いってぇ!」
「体罰反対……」
頭を押さえた終が悲鳴を上げて、机に沈んだが小さく呻く。
「始兄さん!」
余が振り返って腰を浮かせた。
長兄は末弟がまだ一口も食べていないことをちらりと確認してから、ふたりの問題児に視線を戻す。
「当然のことだ!未成年が酒入りの料理なんて食べるな!」
「先生、ちょっとした味付けに酒くらい入ってますよー。香り付けとかにも入ってるし」
は頭を押さえながら机で小さく不平を漏らす。
「味付けに入れるだけと、食材のメインにするのは別だ!」
言うや否や、ひょいとタッパーごと取り上げてしまう。
「これは、職員室で消費させてもらう」
「あ、ずるい!長兄横暴!!」
終が椅子を蹴倒して抗議するが、じろりと一睨みで黙らせた。
「ちゃんと食べた先生方には感想を聞いておいてやる」
始の提案に、はあっさりと手を上げた。
「あ、じゃあお願いします」
ー」
「まあまあ竜堂。そう恨めし気な声を出しなさんな」
余が拗ねる兄と、宥める兄の友人を眺めていると、もうひとりの兄が頭をくしゃりと撫でた。
「ほら、そろそろ教室に帰れ。五時限目が始まるぞ」
「あ、いけない!終兄さん、古語辞書を貸して!」
「なんだよ、それ借りに来たのか。ええっと、ほら」
机の横に掛けていた袋から取り出したそれは、ケースからして汚れがほとんど見えない、使った形跡が薄い代物だった。
「……終」
長兄の声が怒りに震える。
「え?なんでここで怒んの!?」
驚愕して逃げ出した終に、余とが同時に溜息をついて肩を竦める。
お互いに、あまりにぴったりと合ったタイミングに驚いて視線を見交わして、それがまたちょうど重なったものだから、ついふたりして小さく吹き出す。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、こちらこそ。弟くんの意見も参考にさせていただきます」
お互いに、やはり同時にぺこりと頭を下げては、また笑う。
さん。ぼく、余っていいます」
「へ?ああ、うん。知ってるよ。先生が始で大学部のお兄さんが続さんで、竜堂は終で弟くんは余だよね。有名だし」
「はい。だから、ぼくのこと、『弟くん』じゃなくて、『余』って呼んでください」
目を丸めたは、軽く息を吐き出して椅子の背もたれに乗り上げるように身体を反って天井を見上げる。
「そりゃそうだ。弟くんは竜堂の弟だけど、名前は余くんだもんな。うん、ごめん」
身体を起こして、両手を合わせて拝むように謝ったに、余は笑って首を振った。
「いいんです。これから、そう呼んでもらえれば」
「そう言ってもらえると助かる。試食してくれて、ありがとうな、余くん」
ちょっと困ったような顔をしていたが、にっと笑うと本当に、綺麗なのは同じなのに次兄とはまったく違う流麗さがあるのは何故だろう。
わずかに赤くなった余に、は自分の腕時計をとんとんと指差した。
「時間、いいの?」
「あ、いけない!」
余は慌てて椅子を蹴って立ち上がる。
「余!廊下は走るなよ!」
終を叱り付けていた始は、すぐに気付いて末弟を振り返った。
「はーい、竜堂先生。ごめんなさい」
余の切り返しに、唖然として始が活動を停止する。
その間に余は、ひらりと軽やかに教室を出て行ってしまった。
頭ごなしに怒鳴られて耳を小指でほじりながら席に戻ってきた終に、がそっと耳打ちする。
「ひょっとして、あの子がお前ん家で最強なんじゃないのか?」
「余?だってあいつ、無敵だし」
終はひょいと肩を竦めて、繋げていた机を元の配置に戻した。






「天を仰ぐ」
配布元:capriccio


「望むなら、いくらでも」の続きの話。
余くんも登場したので、残るは続さんとなりました。
しかしどうやって大学部の彼と絡もうか(^^;)


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