「終兄さーん………って」
ひょっこりと顔を覗かせた竜堂余は思わず絶句した。
「ひょ?はある、ろーひらぁ?」
彼が見たものは、右手にロールキャベツを挟んだ箸、左手に骨付きチキンを掴んで、口いっぱいに野菜の三色寄せを頬張っている兄の姿だった。


終が口の中の物を飲み込む前に、その向かいに座っていた少年が振り返る。
彼の兄はそれなりの容姿を持っているのに、やんちゃな印象が強くてそれっぽく見えない。
余自身は男の子としては嬉しくない評価だが、可愛いとよく言われる。
兄と昼食を取っていた少年は、一言でいうのなら綺麗。
それと近しい印象を持つもうひとりの兄が大学部にいるが、少年には兄よりももっと線の細い、繊細な印象を覚えた。
「あ、噂の竜堂弟?おいでおいで」
口を開けば、意外と勢いがあった。
どうせ兄にも用事があるし、余は手招きされるままにと、軽い足取りで歩み寄る。
「おれはっていうの。君のお兄さんにはモニターをやってもらってます。よかったら君も食べてみてよ」
「モニターって……食べてみてって……これ、さんが作ったんですか!?」
ふたつ繋げた机の上に広げられているのは、お正月か花見くらいでしか見かけないような見事な五重の漆塗りの弁当箱。中身は色鮮やかな料理がぎっしりと……もうだいぶ荒らされてはいたが、詰まっていた。
「そそ。おれ、料理人になるのが夢でさあ。竜堂の食事量って半端じゃないだろ?おまけに舌は肥えてるしさ。意見を聞かせて欲しくて、頼み込んで毎日モニターやってもらってんの」
「毎日……ひょっとして、この量を作ってきてるん…ですか?」
「大体ね」
「終兄さん!ちゃんと材料費払ってる!?」
青褪めて兄に確認すると、が笑って別の椅子を余のために引いて用意してくれた。
「いやあ、モニター頼んだの、おれだからね。そういうことされると逆に困るよ」
「そーいうこと」
終は悪びれもせずにタルタルソースをつけたエビフライを口に放り込んだ。
もうただ唖然とする余に、がはい、と新しい割り箸を渡す。
「お昼食べた?まだならちょっと摘んで、よかったら感想聞かせてよ。好みかどうかだけでもいいしさ」
兄にはたまたま忘れた古語辞書を借りにきただけなのに、いいのだろうか。
割り箸を手に逡巡した余は、なんの躊躇も無く次々と料理を平らげていく兄に悩むのが馬鹿らしくなった。
せっかく本人からも薦められたし。
「いただきます」
両手を合わせてぺこりと頭を下げた余に、遠巻きに様子を窺っていた女子連中の大半が愛らしさに悶絶してたのだが、生憎と竜堂兄弟と料理人は気付いていなかった。
とりあえず、もう残りひとつになっていたロールキャベツを箸で割った。
弁当の中身だからさすがに冷えてしまっているが、じわりと肉汁が染み出してトマトソースと混じり合う。
一口食べて、口の中に広がるソースと肉汁に余は目を丸めた。
夢中でひとつ平らげてしまう。
「どう?美味い、不味い、どちらでもない?味が濃いとか薄いとか、そんなのは?」
声を掛けられるまで、これが試食などということをすっかり忘れていた。
「これ、さんが作ったんですよね?」
「そう。竜堂の好みには合ったみたいなんだけど、弟くんにはどうかなあ、と」
「おいしいです!お肉も、キャベツも、あ、それにソースが!トマトソースかと思ったんですけど、なにか他に入ってますか?」
「おお、さすが竜堂の弟。舌が鋭いね」
にこにこと料理の説明をしてくれる兄の友人の言葉に頷いている間にも、終がひょいひょいと食べてしまうので、余はに謝ってまとめて感想を言うと告げると食べることに専念した。
隣で既に食べ終えたが、可愛いなあとほくほく顔で見ているとも気付かずに。
「余!それは俺のテリーヌ!」
終の箸をかいくぐって最後の一つを口に押し込んだ余に、兄は心底悔しそうに上擦った声を上げる。
「……竜堂、大人げない」
魔法瓶の水筒から熱い日本茶をコップに注いでやりながら、が呆れて言うと終は椅子に座り直しながら小さく舌打ちした。
「俺はまだ子供だ」
「威張るな。こういうのは年長者が譲れ」
「馬鹿言うなよ。こういうのは長幼の順。つまり俺優先」
「やれやれ……」
日本茶を吹き冷ましながら飲んで一息ついた余は、手を合わせてごちそうさまと挨拶をする。
「すごく美味しかったです。また食べたいなって思っちゃいました」
個別の感想の前にまず料理の総評から入ると、は嬉しそうに笑ってメモのために握っていた鉛筆を手の中で回す。
「お望みなら、またいつでも」
従姉の料理は余も一緒に食べることができるけれど、学校でもこんな料理を毎日食べているなんて、兄が羨ましいと思っていたところだ。
の気安い言葉に、余は素直に喜んだ。






「望むなら、いくらでも」
配布元:capriccio


末っ子登場編。
料理上手の茉理ちゃんの食事に慣れているのなら、
竜堂家の面々の舌はきっと肥えているに違いないという偏見(笑)
この話は次に続きます。

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