の臨時料理教室は大盛況だった。 そもそもクラスの女子に頼まれて、バレンタインに向けてお菓子作りのアドバイスをしていたのがきっかけで、最初は丁寧に色々なチョコレート菓子の作り方と注意点を教えていた。 ところが段々バレンタインが近付くほどに色々尋ねてくる人数は増えるし、説明している端から別口の質問がやってくるしで、さすがに嫌気がさしたが一括で、作り方から注意点の説明、そして質疑応答までやってしまおうと決めたのが教室を開いた理由だ。 受講生たちの人数的に自宅で教えるのは難しく、また実践なしでは彼女たちが覚えるのも難しいということで、料理クラブの協力で部活時間を使わせてもらっての臨時教室。 一回目が「これなら簡単、好みの型に流して固めて作ろう」で、二回目が「甘さの調節自由自在、嫌いな人は少ないだろうチョコクッキー」で、三回目が「しっとりスポンジが魅惑のチョコケーキ」で、四回目が「ちょっと季節に外れて逆に目新しい、チョコムース」だった。 パティシエの道も模索したことのあるは、お菓子作りも基本はしっかりと押さえているのだが、まったくのド素人に教えるというのにはあまり慣れていなかった。 自分が作るのと、他人に教えるのとではあまりにも差があると思い知らされた二週間に溜息をつくと、今日も今日とて試食での自宅マンションに来ていた終は目を瞬いた。 「えー、でも去年まではどうしてたんだよ。聞かれてたんじゃないのか?」 「まあね。でも人数が違うよ。去年の今頃はまだ、おれが料理をしているって知ってるのはクラスの女子くらいのもんだったからな。今年は中等部から大学部のお姉様方にまで聞かれたんだぞ」 「へえ、でもなんでそんなに一気に有名になったんだ?」 それはもちろん、毎日重箱を下げて登校していればいやでも目立つ。しかもその弁当を渡す相手が学園の中でも有名な大食漢ともなれば、噂も広がることだろう。 「……口コミだろ」 だがそれは終の責任ではなく、としても思わぬ副産物だったのだ。 肩を竦めて対面キッチンからできたての料理を載せた皿を運ぶ。 「メインの完成!キジのロースト、クリームソースを添えて」 既に空豆のスープと三色サラダを食べ終えていた終は、ナイフとフォークを鳴らしてキジを切り分け始める。 「でもさ、お前こんだけ美味い飯を作るって有名なら、手作りチョコなんて渡したら点数辛そうだよな。今年、誰もチョコくれないんじゃないの?既製品でもなんか言われそう」 「……そう思うか竜堂」 「え、まさか毎年モテモテ?」 「……当日は、確かに誰もくれないかもな」 むしろもういらない、と呟いてはデザートの仕上げの為にキッチンに戻った。 終は知らないだろうけれど、はこの二週間いやというほどチョコレート菓子を食べ続けている。少量ずつとはいえ、どうやったらこんな風になるのか不思議なほどの味まで混じっているのだからたまらない。 料理教室を開いても、それ以外の時間で試作品を作ってにアドバイスを求めにくる子も、後を絶たなかったのだ。 「でもの料理教室って盛況だったんだろ?一人二百円とかでもいいから取れば、それなりの収入になったんじゃないの?」 「学校の設備を使わせてもらってるのに、金取ったら許可が下りないだろ」 「だからこっそり裏で徴収すりゃよかったのに。あ、このソース美味い!なにちょっと酸っぱい……サワークリーム?でも肉が甘めに味付けしてあるから、いいアクセントだな」 「味のバランスは問題ない?」 「うん、オレはこれ好き。この間の赤ワイン煮よりイイ感じ。キジってぱさついてるのに噛むほど味がじわって広がってくる」 「おしっ!いい反応」 終の意見をメモすると、冷凍庫から冷えた器を取り出して、作り置いていたシャンパンシャーベットを盛り付ける。 脇に凍らせた苺を添えて、上からかけ網の飴細工を乗せる。 「んじゃデザートだ」 既にメインを食べ終えていた終はスプーンを握って待っていた。 終は知らないだろうけれど、は別の裏バイトをこっそり請け負っていたのだ。 「今年は手作り菓子も目立ってるらしいよ」 バレンタイン当日、ほくほくと義理チョコに埋れていた終はにそう報告した。 「ふうん……」 「あれ、なんか気のない返事。恋する女の子の味方だったんだろ?」 終のように大いに喜んでくれるのなら、義理チョコを渡す側もそれなりに楽しいだろう。 終は義理でもいいからチョコというより、単に食べ物が欲しいというのが判っているのが逆にいやらしくなくていいらしい。 だが竜堂家の三男坊は、それなりにもてるのだ。 いくつかの本命チョコらしい、いかにも手作りの菓子はさすがに終も義理チョコと分けて袋に入れていた。そのほとんどに、は見覚えがあった。 それこそがの裏バイト、代理チョコ作り。 材料費とそれぞれのラッピング用品、それから手間賃を貰って一部の女の子から請け負ったのだが、依頼人たちとしては手作りお菓子で女の子らしさをアピールできる上に、味は急造料理人の自分が作るものより保証されているということで、それなりの人数に頼まれた。そのいくつかが、終の手に渡っている。 非常に複雑な気分だった。 知らないところで終に渡されたならまだしも、一応これでも一番仲のいい親友が女の子に騙されているというのは、片棒を担いだ身としては心苦しい。 が終と仲がいいことは知っているはずなのに、よくに頼んだものだと考えると少し腹も立った。 契約は暗黙の了解で依頼主を秘密にするものだが、さすがに親友には教えておくかと迷う。 「……竜堂は、本命チョコで応えそうなやつあるわけ?」 「んー?いやー、まあイベントはイベントで楽しむだけだから」 どうやらこの告白で受けるつもりのある子はいないらしい。 ならいいか、とは沈黙することにした。それなら男の友人が作ったものだと知るよりも、女の子から貰ったものだと思っていた方が楽しいだろう。 こういうのを見てしまうと、このバイトは今年限りだなーと思っていたが、この友人の舌は一枚上手だった。 翌日、登校途中でを見つけて駆け寄ってきた終は開口一番に言ったのだ。 「昨日はサンキュー」 「は?」 「チョコ、美味かったよ。えーと、ビタークッキーの苦味は最初驚いたけど、コクがあって大人っぽい味だったし、ザッハトルテ?あれはちょい甘すぎてオレには向かなかったけど、ブラウニーはいい感じだった」 あとはー、と終が思い出すように指折り数えるのに驚いた。 昨日、終に渡されていた作の裏バイト菓子を見事に見抜いている。 「なんでわかったんだ!?」 「なんとなく」 答えは簡潔で、ある意味では複雑なものだった。 「ガーン、何かおれっぽい癖があるのかな……」 この料理はの味と言われるならともかく、色々なチョコレート菓子を作っていたのに、の味だと思われる何かが一貫してあるのなら、味が単調なのかもしれない。 そう思ってショックを受けたのだが、終は首を傾げてそれを否定した。 「つーか、一個だけお前に作ってもらったってカードに書いてる子がいてね。大体は真心込めて作りましたってあったけどさ。その子はあれだってさ、お前の手料理がオレの好みみたいだからって。それ見てが作ったやつがあるのかと思ったら、大体見分け……味分けっていうか、できたよ。あれがなかったらわかんなかったかもね」 「自分で書いてる子がいたのか」 少し驚いて目を見張り、そういうプレゼントもありなのかと妙に感心してしまった。 「女の子ってわかんねえ」 「オレは美味けりゃなんでもいいよ」 どうやら竜堂終に細かな配慮は無駄だったらしい。 気の回しすぎだとは自分に苦笑しながら、終に一ヵ月後を突きつけた。 「お前、ホワイトデーはどうすんの?義理でもあれだけもらったら返すの大変だろ」 「そこはほら、オレには料理人がついてるからさ」 「金取るぞー」 「格安料金でお願い」 ホワイトデーは表立ったバイトでいいだろう。 バレンタインの裏バイトはたぶん、来年も続く。 |
手作りとくればこの料理人志望者は外せません。 原作時間はどうぞお気になさらずに(^^;) |
自主的課題
「chocolate-box」
配布元