年が明けたばかりの深夜、元帥府の新年を祝うパーティーから帰宅したロイエンタールは、自邸で待ち構えていた少女と対面した途端に疲れたように溜息を零した。
「毎年毎年、男だらけのカウントダウンパーティーなんてしけた年明けよね!」
「……これも職務のうちだ」
栄えあるローエングラム元帥府の中核を担う一人として新年を祝う場に出席できるという、垂涎の的の栄光も、彼女に言わせれば男だらけのむさい席でしかないらしい。
いくら元帥の幼馴染みとはいえ、相変わらず傍若無人だとの断言には苦笑が漏れる。
ロイエンタールが疲れていようとお構いなしで、意気揚揚と先に立って邸の主の私室に向かう少女に、半ば諦めて歩き出したロイエンタールは素朴な疑問を覚えた。
「しかし……閣下の幼馴染みといえばキルヒアイスもそのはずだな」
「なに突然?そうだよ。むしろ、幼馴染みなのはジークとわたしで、ラインハルトは後から割り込んできたのよ」
これが真実だと言い切る彼女に、ではグリューネワルト伯爵夫人も後から割り込んできたのかと訊ねたら、きっとそれは否定するだろうことは予想ではなく確信だ。
「それなのに、どうしてお前だけが閣下に対してそうも高圧的なのかが疑問だ。単にお前の思考は常識で測れるものではないだけかもしれんが……」
「失礼だな!人を非常識みたいに言って!」
そのものだと言ったのだと返す言葉を飲み込んだロイエンタールを振り返ることなく、到着した私室の扉を開けたは、当然の如く部屋の主に断ることもなく中へ踏み込んで行く。いくら恋人とはいえ、これのどこが常識的振る舞いなのだろうか。
「ジークはね、気が優しいからラインハルトの我が侭を笑顔で聞いちゃうだけなの」
上着の釦を外しながら、ロイエンタールはそれに大きく首肯した。
確かにキルヒアイスは器が大きい。
何しろ、あの稀代の英雄とこの奇天烈な少女の両者の幼馴染みであり、その間に立つことができるのだから。
「ジークはラインハルトに対しては、三歩下がって影踏まずみたいな古臭いところがあるし」
古臭いと例えられた言葉はいまいち判り難かったが、キルヒアイスがラインハルトの後ろに一歩下がって影のように付き従っているのは、ロイエンタールたち周囲から見た認識と同一のものだ。
勝手に戸棚を開けてブランデーとグラスを取り出しながら、は肩をすくめた。
「もうちょっとラインハルトに厳しくしたっていいのにね」
「お前にも、だな」
「わたしには充分厳しいよ!」
どこが。
上着をハンガーに掛けてシャツの釦を一つ外しながら、やはり心の中で呟いたロイエンタールの後ろでは、がテーブルに置いたグラスにブランデーを注いでいる。
「大体ね、ジークは中立だなんて言ってるけど、昔からラインハルト寄りだったのよ。ふたりで遊びに行ったり、ふたりだけで秘密を持ったり!」
五つも年下の少女と、同じ年の少年では当然の成り行きだと思うのだが、には納得し難いらしい。
自分から提起した話題だったが、彼女がいつまでも幼馴染みの青年の話を続けていることに、ロイエンタールは微かに苛立ちを覚え始めた。
「再会してからも、やっぱりふたりだけでこそこそしちゃってさー。何が『は女の子なんだから』なのよ。ラインハルトだけずるいったら―――」
後ろから肩を掴んで引き寄せられて、が唇を尖らせて漏らしていた不満が途切れる。
瓶の口が引っ掛かったグラスが音を立てて倒れ、琥珀色をテーブルに広げた。
静かになった部屋に、テーブルから酒の滴る微かな雫の音だけがしている。
乱暴に顎を掴まれて、後ろの男から口付けを強要されたは重なり合っていた唇が離れた途端に、頬を真っ赤に染めて視線を彷徨わせた。
「えー……とー……」
先ほどまでの勢いはすっかり鳴りを潜めて、ロイエンタールの手を払いながら俯いて、しばらく沈黙したあと、またちらりと少しだけ振り返る。
「い、いきなり……なに?」
行動を起こしたロイエンタールも、自らの短気な行動に少々戸惑っていたのだが、相手がそれ以上に動揺していると急に笑いが込み上げてくる。
「いや、別に」
にやりと笑みを浮かべてはっきりと応えない恋人に、は腕を振り上げる。
「別にってなに、別にって!いきなりキスしてなにそれ!?」
「酒瓶を振り回すな。零れている」
「あんたのせいで零れた量のほうがずっと多いよ!」
「したくなっただけだ」
「したくなったら即行動って、動物じゃないんだから!」
ロイエンタールよりよほど衝動で動く相手に叱られて、思わず吹き出しそうになりながら暴れる少女に手を伸ばす。
「ならば、お前とはよほど相性がいいらしい」
「失礼な!どういう意味!?」
ロイエンタールの手を叩き落そうと振り上げたその手首を掴んで、そのまま腕の中に抱き寄せた。
勢いでシャツにブランデーが僅かにかかったが、染みになることも気にならない。
「怒るな。不本意なのはお互い様だ」
「……それも失礼」
抱き締められてようやく大人しくなった恋人が漏らした一言に、ロイエンタールは喉の奥で小さく笑った。






明けましておめでとうございます!
少々遅れましたが、年賀ご挨拶SSです。
気がつけば年始にした会話というだけで、あまり正月は関係ない話
になりましたが、それもご愛嬌ということで(苦笑)
お持ち帰り自由ですので、よろしければお持ちくださいませv